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「濡れますよ」
見かねた貴方がそう言うのに、私はようやく、足をとめた。
「冷たいです」
「ならそろそろ上がって来て下さい」
「嫌です」
すげない言葉。
「寝込んでも知りませんよ」
少し苛立ったみたいな、貴方。立ち上がって、袴についた砂を払い、波打ち際まで寄ってくる。
上がって来なさい、と、言葉に代えて、差し出された手。
「貝を、探してるんです」
取らず、代わりに貴方を私はじっと見つめたまま、そう言った。
怪訝そうに曇る、貴方の顔。
「貝ですか?」
「はい。貝です。貝合せの貝です。ひとつ、無くしてしまったんです」
「それは……」
言い淀む。
「貝合せの貝は……」
「わかってます」
一つを無くしたら、対になるもう一つを別のもので補うことなんて、できない。
そんなこと、私だって知ってる。
「でも、探したかったんです、見つけたかったんです、……不可能だって、わかっていても」
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