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沈黙。
私にかける言葉を無くした貴方は、立ち竦む。
沈黙。
私は足元を滑る波を見つめて、唇を噛む。
波の音に、月の光が降り注いでいる。
「……だって貴方は行ってしまうのでしょう」
笑いになりそこねた吐息が、震えてこぼれる。
「僕は……」
「言わないで」
貴方の言葉を、遮って。
「戦争に、行くのでしょう。私を置いて。知ってます。だから私、貝を見つけたかったんです」
ずっと掴んだままだった、着物の裾を放す。
黒い海に、花を散らした赤い裾が浮く。
そうして空いた手を、貴方に見えるように、開いた。
その中には、貝殻。
片方だけの。
「貴方がくれたんですよ。覚えてますか」
うなずく貴方。白い貝の裏側に、赤地に金で、歌が描かれている。
「君がため 惜しからざりし 命さへ」
声に出して、詠み上げる。
下の句は、無くしてしまった貝に、描いてあった。
たまらず、涙がこぼれた。
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