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伊織に街を案内した次の日だった。
「すももさん、式場はどこにしますか?」
伊織が四六時中すももの後をついて回り、婚約についての話ばかりしてくるのだった。
「そろそろ、すももと呼んでも?」
「伊織君がすっかりすももと仲良くなってくれて嬉しいよ。やはり、昨日のデートが効果的だったかな?」
すももの父親が笑う。
「明後日の為の地域分けの紙、もう作ったわよ」
母親に紙を渡され、氷室が住んでいる地域が書いてあるか探す。
「……」
なかった。
「むぅ……」
「残念、ですか?」
「……」
「冬休みに入って、折角氷室煉からの目を気にせず、あなたの心を独り占めできると思ったんですが……」
「無駄だよ」
不思議な子だ。
伊織はそう思った。
昨日仲良くなったと思ったら今日は敵対心むき出しだ。
本当に面白い。
「仕方ないですねぇ。今日は午後からタルトの美味しいお店に一緒に行こうと思っていたのですが……」
「タルト?」
すももは甘いものが大好きで、その中でもタルトが一番好きなのだ。
「もちろん、奢ります」
「行きたい」
「では、その可愛らしい唇で、僕にキスをしてくれたら連れて行って差し上げましょう」
「……むぅ」
すももはタルトとキスを天秤に掛けた。
「う~む」
伊織とキスすればタルトが食べられる。
しかし、すれば自分が伊織と婚約する事を認めてしまう事になる。
それは避けたい。
自分には氷室煉がいるのだから。
「ムリ」
タルトは自分で買えるから別に買ってもらえなくたって構わない。
「そうですか……。頬にしてくれるだけでいいんですけど……。ほら、頬へのキスは、ただの挨拶ですし」
「……」
再びすももの心が揺らいだ。
頬なら、伊織の言うとおりただの挨拶だ。
それに、頬になら小学4年生まで父親にもしていた事だ。
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