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「私は……そんな気持ちで伊織君と結婚するのは嫌。私だって好きな人いるし……きっと伊織君にもいるはずだから……」
すももは優しい子だ。
他人事まで考える。それが彼女だからだ。
「姫野」
今から伊織を倒しに行くぞ
本当にそう言いたい気分だった。
「姫野」
すももが好きな人が誰だろうと関係ない。
俺はすももの為に行動する……それだけだ。
「俺なら、迷わず恋い焦がれる相手の元へ行くがな」
「え?」
「俺だったら、一族の掟を無視する」
「それは……」
「一族の掟がどれだけ重要な事か知っているのかとーーそう言いたいのだろう?」
氷室に言いたい事を言われて、すももは黙って頷く。
「掟など知らん」
「え?」
「よく、言うだろう?掟は破る為にあると」
まさか、クールな氷室がそんな事を言うとは思わなかったので、すももには新鮮で、面白かった。
「くすッ……」
すももは笑う。
真面目に言う氷室が面白かったのだ。
「やっと、笑ったな」
「あ……」
「やっぱりお前には、笑顔が似合う」
「あ、ありがと」
わざと笑わせてくれた事に気づき、すももは笑顔で礼を言った。
「うん。勇気が出たよ。私も、頑張ってみる。伊織君との婚約破棄して……その後好きな人に告白してみるよ」
「そうか」
氷室の言葉は力になる。
頑張ってみたい気持ちになる。
「氷室君、ホントにありがと。じゃあ、私そろそろ行くね」
「ああ」
「今日は……引き止めてごめんなさい。でも、嬉しかったよ。氷室君と久しぶりにこんなに話せたから」
すももはもう一度礼を言うと、微笑んでから走っていってしまった。
「……姫野すもも」
彼女に恋い焦がれて、もう9ヶ月が過ぎた。
自分は思いを伝えられないまま、このまま3年間を過ごすのだろうか。
見ず知らずの者が、すももと婚約するという事に、怒りを覚えないのだろうか。
「すもも……」
自分とは、住んでいる世界が違う。
だから彼女が、自分に恋愛感情を抱いてくれないことくらいわかっていた。
それでも、彼女が自分に微笑んでくれるだけでよかった。
彼女が自分に近づいてくるという事は、自分は彼女に信用されているという事だ。
「これ以上の幸せが……」
これ以上の幸せがあるだろうか。
これ以上、自分は彼女に何を望む?
「……」
満足できない思いが、自分の中に渦巻いている。
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