2330人が本棚に入れています
本棚に追加
「うわっ! な……なんだよこいつ、気持ち悪い……」
男が、ものすごいスピードで近付いてくる渡邉に向かって言った。
それを聞いた聖はスクッと立ち上がり、男の手を振りほどき、その男の足を思いっきり蹴った。
「いってーっ! なにしやがるこの――」
と言いながら男が手を振り上げたその時
「おやめくださいませ」
渡邉がその手を右手で掴んだ。
左手は聖を庇うように前に出し、彼女を自分の背中に回した。
「なんだよ、お――痛っ! 手離せよ……くっ……離せったら!」
男はもがくが、渡邉はびくともしない。
「離しましたら、素直にお帰りいただけますか?」
「か……帰る……帰るから……頼むから離してくれ!」
「こちらの女性に謝罪していただけますか?」
渡邉は手の力を緩めず、しかし緩やかな口調で言った。
「わ……分かった! 悪かった!」
「悪かった――は謝罪ではございません。単なる感想でございます」
「くっ……すいませんでした……」
渡邉はため息をついた。
「すいませんでした――は誤りでございます。それではなにを吸わなかったのか、ということになります。正確には『すみませんでした』……これが正しい謝罪にございます」
「す……すみませんでした……」
「聖様、いかがなさいますか?」
「もういいよ、なんか……すごい痛そうだし」
そうですかと言いながら、渡邉はようやく手を離した。
掴まれていた男は、手首を押さえながら逃げるようにして走り去った。
渡邉は振り返り
「大丈夫ですか?」
と、聖に聞いた。
「……大丈夫じゃない」
「おや、それは! 救急車をお呼びいたしましょうか、それとも……」
それを聞いた途端、聖は渡邉の背中に回り、よいしょと言ってその背中によじ登って
「おんぶー!」
と叫び、足をバタバタさせた。
「はいはい、それでは参りましょう」
渡邉が歩き出そうとすると
「はい、は一回ですよー!」
と聖に注意された。
「申し訳ございません。そのとおりでございます」
「あはは。渡邉っちは素直でございますねー」
「あ……はい、よく馬鹿正直と言われます……」
渡邉はどことなく悲しそうだった。
最初のコメントを投稿しよう!