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長時間の歩行で失った水分を補給するべく購入した清涼飲料水をようやっと飲み干し、空になったペットボトルを自動販売機の傍らに置かれたゴミ箱に放り込む。
駅を出て家路に入る。向こうに見える小さな山の麓に建つ閑静な住宅街、その一画に健吾の家はある。駅から自宅までは歩くには少し遠く、バスに乗るには少し近いというとても微妙な距離である。今度こそ出費を抑えたい健吾は徒歩で帰ることにした。
小蝿のたかる黄ばんだライトに照らされた夜の公園を突っ切って正面の角を曲がり、長い直線に入ったところで──
健吾は見た。
遠目に見える自宅の直ぐ裏手。聳え立つ深緑に彩られた背の低い山の足元で、周囲の空間を震わせるように脈動する青白い閃光を。
恐怖は、確かにあった。
しかし健吾は、この理解不能な現象が自分に齎すであろう非日常という未知の領域に計り知れない魅力を感じずにはいられない。心のどこかで、自分という存在が「特別」に変わる瞬間を渇望している。
青白い閃光が瞬いて消えた裏山。その山林に侵入し、鬱蒼と生い茂る雑草を掻き分けながら先へ。視界は相当に悪い。周囲の住宅から漏れる光では足元を照らすのに不十分な為、携帯のカメラ機能につけられた小型ライトで一歩先の視界を確保しながら前進。
暫くして異変に気づく。
明らかに不自然な形で草木がぽっかりと無くなってしまっている場所がある。真ん中に何か、何か巨大な物体が横たわっていた。
両膝が笑い出す。未知との遭遇。一瞬逃げ出してしまおうかと考えて、しかしすぐに思い直す。緩む前立腺とお尻の穴をグッと引き締め、足を踏み出した。
侵略直前の地球に哨戒に来たエイリアンのUFOか。
はたまた試験運用中に墜落した人類の新兵器か。
暗がりで未だに全容がはっきりとしない巨大な物体の傍らに人が、否、人の形をしたモノが倒れている。
僅かに身じろいだ。
思わず心臓が跳ねるが、何とかライトを照らして正体を確かめる。先ほど失礼なことを思ったので訂正。少なくとも見た目は完璧な人だった。手足の長さや体のバランスは完全に地球人のそれなのである。
だが、エイリアンが潜伏の目的で人間に擬態している可能性も否定できない。
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