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腹部に感じた激しい熱は鳴りを潜め、自分を包み込む青白い閃光がもはや収まっていたことに気がついた時には、全く知らない場所へ飛ばされていた。
直前に起こった戦闘システムやモニターの異常も今は見られない。システムが制御不能に陥り機体から閃光を放った原因を突き止めようと、あらゆるコンソールとタッチパネルを操作するが、目ぼしい手掛かりは得られなかった。
戦闘行動に備えてとっさに左右のグリップを握り締めるも、交戦していた筈の敵機は一機も見当たらず、ポインターはレーダーから完全に消失している。
モニターに映し出された前方の光景は、微風に揺れる草木と背景の疎らな街明かり。
慌てて現在地を確認しようとするが、どういう訳かGPSが反応しない。敵の電波攪乱を疑うも、広範囲レーダーが生きていることからその線は弱いと推測できる。周囲に通信可能な味方はいないかと周波数を弄るが応答はない。
乾ききった喉を潤そうにも、パイロットシートの脇に収納された容量五リットルの給水パックはとっくの昔に空っぽである。このままでは埒があかない。意を決してコックピットハッチの開閉装置に手を伸ばす。
地面に足をついたところで、「あ」自分の体力が限界を超えていることに気づく。足がもつれてうつ伏せに倒れ込んだ。体が言うことを聞かない。
──ほんの僅かな時間、自分は眠っていたんだと思う。目覚めた意識が次に捉えたのは、見慣れない靴を履いた誰かの足元と、先端部の尖った何かで首周りをつつかれている感覚。
「う、……いたい」
“見慣れない靴を履いた誰か”が仰け反る気配。敵かもしれない。しかしどの道逃げられないのならば、僅かな救援の可能性に賭けてみるのもいいだろう。こんな形で命乞いをするのは些か屈辱的ではあるが、この状況で他に手はない。
声を絞り出す。
「み……ず、お、願い、水を、」
こうしてユイは、民間人の見ず知らない兄妹に命を救われることとなる。
小鳥のさえずりが聴こえてきてゆっくりと瞼をあげる。見慣れない天井。ああそうか、と明美の部屋で寝床を拝借して一夜を過ごした記憶が蘇る。
「ふぁ」
欠伸と背伸びを同時に行いながら上半身を起こす。こんなに深い眠りを貪ったのはいつ以来だろうか。信じられない。生きて朝を迎えられるとは思わなかった。隣のベッドでは、明美がお腹を僅かに上下させて健やかに眠っている。
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