走るメタファー

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「おはよう〈ジールヴェン〉。昨日は会いに来なくてごめんなさい」  裏山で、大量の草木に覆い被されたジルハムを見上げて語りかけるユイ。と、彼女が何の前触れもなくこちらへ振り返った。 「いい加減出てきたら? 私たちに何か言いたいことがあるんでしょう」 「っ!」  彼女が今日、必ずここに来るだろうと考えて張り込んでいた。気づかれていたのか──声の感じからして、覗き見をされていたことに対して別段怒っている訳ではなさそうだ。叢の影からいそいそと這い出して、顔色を窺いながらユイの隣に並ぶ。 「あなた達には色々と迷惑を掛けているわ。ごめんなさい。本当に」  視線は機体に向けたままだが、今度は健吾に謝っているらしい。 「いいって、別に」  張り込んでいたことがバレた気恥ずかしさから、ついぶっきらぼうになってしまう。こんな可愛い娘を隣にして、自分は何を言えばいいのだろうか。 「この半月で色々分かったことがあるの」  そうなんだ。 「この世界って本当にいい所ね」  ……ちょっと待て。何だって? 今、何て言った? 「平和で、みんな心が優しくて、穏やかで。誰からも敵意を向けられることはないもの」  まさか。そんなことは有り得ない。  ──絶対根暗だよね。気持ち悪い。  ──まずあの存在自体からして有り得ないから。  他人に蔑まれるあの視線が、敵意ではないなんて。 「欲しいものはすぐ手に入るし、自由でどこへでも行ける」  違うだろ。人には生まれる前から予め定められた限界がある。幾ら欲しても手に入らないものや、幾ら努力しても到達できない領域がある。 「本当に羨ましい」  沸々と起きる負の感情。大嫌いな全てから健吾を解放する為、ここではない「特別」な何処かへ連れて行ってくれる筈のユイの口から、この世界に対する賞賛の言葉など聞きたくない。地球上で自分ひとりだけが知らない生物になったかのような疎外感が忍び寄る。 「あなたもこの世界が、この場所が好きでしょう?」  そこでユイはこちらを向いた。ジルハムへ向けていたほどのものではないにしろ、それでも十分に眩しい微笑みを讃えて。故に決定的だった。 「そんなわけ、ないだろっ……!」 「え、」 「こんな世の中、好きな訳ないだろ」  口に出したからにはもう止まらない。 「もっとよく周りを見てみろよ。どいつもこいつも自分のことしか考えてないバカばっかりだ!」  
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