走るメタファー

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 空気に苦味が混ざる。  喉の奥が急激に熱くなる。 「人には優しくしようなんて、口先ばっか」  溜まりに溜まった世の中に対する不平、不信、不安が、醜い怪物に姿を変えて健吾の心を鷲掴む。 「だいたい環境汚染の地球代表な人類なんてこの星で最も生きてる価値のない生き物だろ」  いきなりスケールがぶっ飛んだ。言いたいことをとにかく全部出してしまおうとする、人前で語ることが不得手な人間特有の未熟な心理が働いて、話があらぬ方向に広がっていく。勢いづいて聞き手を置いてけぼりにしたまま言葉が暴走する。 「むしろ人類は癌細胞だね、つまり惑星癌。今はステージ2Bくらいの。さらに進行して月や火星に遠隔転移する前に人間は全員死んだ方がいいでしょ」  待て待て。こんな唐突に何を言ってんだ俺。キャラ違うだろ。イタすぎるだろ。聞くに耐えない稚拙な弁論だ。気づいた時には更に手遅れで、もう口が止まってくれない。 「人間同士で戦争起こして殺し合うのが一番お誂(あつら)え向き──」  言葉を遮るように、乾いた音が山林を駆けた。同時に左頬に熱が走る。平手打ち。殴られるまで気がつかなかった。 「何するんだよっ!」 「信じられない。何で殴られたのかも分からないの?」 「せっかく倒れてるとこ助けて、うちに二週間も泊めてやってるのに……!」 「最低ね。自分の非を省みる前に相手の弱点を探そうだなんて」  ユイが両の拳を握り締めて震えている。 「私は、確かに〈ジールヴェン〉でたくさん人を殺してきたけど」  目前で悲痛に歪む表情。大きな怒りと重い哀しみを訴える彼女の姿に、ついたじろいでしまう。 「それは、平和になって、そこで暮らす人達にそんなひどいことを思ってもらう為じゃない」 「な、何カッコつけたこと言って──」 「あっ、二人ともやっぱりここにいた! 大変だよ大変っ。かなりの一大事」  尋常ならざる慌てようで健吾とユイの間に飛び込んで来たのは、明美だ。妹はすぐに二人の不穏な空気を感じ取って、 「あれ。もしかして告白の最中だったり?」  しかし全く見当違いなことを言った。 「違うっ」 「違うわっ」  咄嗟に発した言葉がユイのそれと重なって、「あっ」という顔で互いを見つめ合う。ユイ本人の気持ちはともかく、自分が抱いていた好意まで否定されたかのような一言に瞬間的な怒りを覚えるも、気まずさには勝てずすぐに視線を逸らした。  
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