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八回の裏。五対八。三点ビハインド。ツーアウト。ランナー三塁。
四番打者がボックスに立つ。振るうバットが風を巻き上げる。キャッチャーマスクの内側で、汗が流れた。ぬるく顎を伝う。今日、本塁打を生み出したバットが、再び目の前に開かる。ここでの勝負に意味はない。もう一点も許せないのだ。
千陽は、マウンドの祐介をみた。祐介の手から、ロージンバックが滑り落ちる。白が散る。表情のない顔をあげる。
歩かせるぞ。
サインを出す。祐介は肯きもせず構えた。
小さなスタンドは、今日が平日であることを疑うくらいの観客で埋まっていた。秋季大会決勝戦は、両校ともに全校応援だ。攻撃のときも、守備のときも、応援団は異協和音を奏で続ける。音の外れたトランペットが競うように高く鳴く。メガホンがぶつかり合い空気を撃つ。割れた声と拍手が重なり、打ち消し合った。
敬遠を意識させないくらいの、それでも明らかにボール球とわかる球を要求した。二球続けてのボールは、千陽のミットを鈍く鳴らした。これでいい。打者にはわかっているだろう。次も見てくる。手は出さないはずだ。祐介に外への球を求めた。
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