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差し出された千陽のミットが揺らいだ。ホームベースの後ろに在る、180センチの大きな身体が、空気に溶けるように薄らぐ。
千陽。だめだ。
祐介の中に電流が流れた。けれど止められない。後ろに引かれた腕は、バネのように戻るだけだ。指先から球が離れていく。
いやな音がした。球を投げ出した勢いのまま、祐介がホームへと駆け出す。
視界の端でランナーが疾駆する。スタンドが叫呼する。
ホームベースの前で構えた祐介のグラブに、球は戻ってこなかった。スパイクが砂にまみれたベースを踏んだ。耳が痛くなるほどの咆哮に飲まれた。
マスクが投げ捨てられていた。千陽の背が見えた。背番号2が、バックネットの前で行き場を見失っていた。逃げる場所も、隠れる場所もないグラウンドで、あの人たちの前で、すべてを放棄し、佇んでいた。
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