呪い

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 恐ろしいほどに危機的な状況に置かれているはずだった。けれど、彼女には自分の命より先に思うものがあった。それほどに大切な人のこと。  森を走り回っているうちに、はぐれてしまったあの人…。  同じく森の中で、彼女が思うその人が必死になって彼女のことを探していた。彼もまた、彼女とそう立場は変わらない。この森で息をひそめて隠れていなければ、いつ命を落とすかもわからない。目が闇に慣れたとしても、足元などほとんど見えることはない。普通の人間なら、湿った石や、土の上で裸になった木の根に足を取られる。 「美鈴――――!!」  彼は少女の名前を呼んだ。彼の声は森の木々に反射して彼の耳まで戻ってくる。  広い森だ。彼女には届かない。  彼自身、そんなことは分かっているはずだ。それがどれほど自分を危険にさらす行為かも理解していた。深い森だ。木や生い茂った草の陰に隠れていることでやり過ごすことも出来ただろう。ただでさえこの地形は危険だ。深い崖や、急な段差がそこら中に存在するし、大型の獣もよく出くわす。闇雲に走って、暗闇で足を取られれば命を落とす可能性もある。それでも走らずにはいられない。叫ばずにはいられなかった。  彼女の居場所が知りたい。もしかしたら、近くを走っているかもしれない。そうじゃなくても見つけ出さなくてはいけなかった。  あたりを見渡し駆ける彼の足取りには全く迷いはなかった。足場に障害があるとは思えないほどの速さで彼は森を行く。    彼が追う少女は、森の淵に立っていた。そこには底知れぬ深い闇が広がっていた。崖の下からはじめじめとした、身震いさせるような冷たい風が吹く。  行き止まりだ。美鈴の体に焦りが走る。  渇いたのどに唾を飲み込ませ、後ろを振り返える。木々の間の暗がりの中には彼女を追うオレンジ色の光が見えた。  すでに囲まれていて、逃げ道がない。隠れるにも隠れられない状態だった。 「美鈴!!」  美鈴は自分を呼ぶ聞き覚えのある声に振り返った。  暗がりの中に立つ、恐いくらいに綺麗な少女。  その美少女は綺麗なドレスを含め身体中どろだらけで、息も整っていない。いつも軽やかな音を立てているハイヒールは、その足にはなかった。  美鈴は振り返り、その端麗な少女を見て安堵の表情を一瞬だけ浮かべた。
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