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独り暮しの醍醐味といえば、遅寝遅起きであり、休日ともなればいつまででも布団に包まっていられることであろう。
誰にも安眠は邪魔されず、昼が過ぎても寝ていられ、好きな時に起きて食事ができる夢のような生活だ。
運がよければ一日惰眠を愉しむ事だって可能だ。
朝村浩司の住むアパートでも約半数の人間はその惰眠族に属し、夕方になっても人の気配がしてこない現象などしょっちゅう起こる。
浩司のような学生が多く部屋を借りていて、休日くらいだらけたいというのも、それなりの理由だろう。
その儀式に従い、浩司も昼前まで枕にかじりついていたのが災いしたのか、不本意にも板を叩く物音によって睡魔が消されてしまう。
とんとん、とリズミカルな音と共に跳び起きた。座屈の姿勢で上半身から布団がはがれる。手元の時計では先週末より二時間も早い目覚めであった。身体も心なしか怠いわけだ……。
寝ぼけながら回りを見渡し音の正体を探る。犯人はすぐにわかった。
備え付けシンクの前で女性が東京ネギをきざんでいた。女は浩司の視線に気付き、微笑みながら言った。
「お早うございます。よくお眠りになれましたか?」
「……あ、うん」
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