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「おばあちゃん!」
お母さんの叫び声だ。普通じゃない。部屋を飛び出し、階段を駆け下りる。
ぎくりと足が止まる。台所から誰かの足がはみ出していた。心臓がどくんと波打つ。
「おばあちゃん!」
ぼくの体はがくがくと震え出す。踏み出す足に力が入らない。壁をささえに、台所の入り口までたどり着く。
「和樹!」
おかあさんがぼくの腕をぎゅっと握った。冷たい。震えている。声を出そうとしたけれど、ひゅうと、息が漏れただけだった。
「和樹はおばあちゃんについていて。救急車を呼ぶから」
お母さんはぼくをぎゅっと抱きしめると、玄関脇にある電話へと走り出した。ぼくは台所の入り口につったっていた。おばあちゃんは倒れたまま動かない。顔は見えない。
おばあちゃん、死んじゃった?
頭の中に死という言葉が点滅した。とたん、体の中を電気が走る。とっさにその手に触れてみる。温かい。柔らかい。触れた指の先から伝わってくる。生きている証だ。大丈夫。ぼくは大きく深呼吸した。
「おばあちゃん、和樹だよ。救急車が来るからね。がんばって。おばあちゃん」
ぼくだけを残して、救急車のサイレンが遠ざかる。病院には、お父さんがいる。お父さんは医者だ。きっとおばあちゃんを治してくれる。元気で帰ってくる。自分に言い聞かせる。大丈夫だと何度もつぶやいた。
「かずき」
顔をあげる。神様だ。茶髪の前髪をかき上げる。銀色のピアスがちかりと光った。
この存在を、ぼくはたった今まで忘れていた。その柔らかい笑みにほっとする。震えが止まる。ぼくはまっすぐに神様を見上げた。
「神様、おばあちゃんを助けてください」
「それは、できないんだ」
「なんで? どうして?」
「できねえんだって」
「うそだ。神様のくせに」
「神様だからって、何でもできると思うな」
神様は、困ったことがあれば助けてくれる。だからお母さんは、毎日お神酒をあげて、手を合わせる。こんなときに何もできない神様ってなんだ。体の中で、血が沸騰する。ぼくは自分を止められない。
「じゃあ、何のためにいるんだよ!」
一瞬、神様の顔がゆがんだ。視線を伏せる。
「おれだってわかんねえよ」
「ふざけんな!」
今まで信じてきたものが、音をたてて壊れた。神様が笑う。それだけで幸せになっていたあの気持ちが吹っ飛んだ。神様ってなんだよ。なんのためにいるんだよ。ふざけんな。
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