神様は笑う

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 夜になっていた。いつのまにか眠っていた。目を覚ます。寒い。体が痛い。 時計を見る。八時だ。電話が鳴った。反射的に飛び起きる。持ち上げた受話器は、とても冷たく、重かった。お父さんの声を聞きながら、ぼくは小さな病室の中に立っていた。白いベッドの上で、おばあちゃんが眠っていた。その傍らにお母さんがいる。声をこらえ、涙する。肩が震える。その肩をお父さんの大きな手がそっと抱いた。  受話器の向こうで、サイレンが聞こえた。  神棚の前に、白い紙がはられていた。おばあちゃんが亡くなったあの寒い夜から五十日間、神棚を封じるためだ。しきたりらしい。神様は一度も現れなかった。季節はゆっくりと春になっていた。  庭を彩る古い大きな桜の花が、散ってゆく。音はない。月に照らされ淡く光る。一つ風が強く吹いた。花びらが激しく舞う。その向こうにふわりと人影が浮かび上がる。着物を着た若い女の人だ。降りかかる花びらをあおぎ見る。 「おばあちゃん」  直感がそう告げた。桜の太い幹の向こうから、もう一人現れた。あっと声をあげそうになる。神様だった。真っ白な着物を着ている。髪は黒く、一つにきっちりと結ばれている。人間サイズだ。  二人が向き合う。神様が手を差し伸べると、おばあちゃんの細い白い手がそれに重なった。二人は手を繋ぎ、花びらの中をゆっくりと、懐かしむように歩いていく。 「おばあちゃん」  二人が振り返る。神様が手を振る。おばあちゃんは柔らかく微笑んだ。また風がやってきた。音をたてて枝を揺すり、花を引きちぎっていく。舞う花びらが二人の姿を隠していく。ぼくは追いすがるように叫んでいた。 「おばあちゃん、ありがとう! 神様、ごめんなさい!」  風が行き過ぎた向こうには、もう誰もいなかった。  ぼくの頭の上でぱちんと音がした。神様だった。いつものサイズで、いつものかっこで、そこにいた。ぼくの前に、プリンを差し出す。 「食べるか?」  ぼくは頷いた。  花びらの舞い落ちる中で、神様が笑った。 (了)
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