魔王

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「けんちゃん。早く宿題やりなさい」  母さんの声が、背中をぐいぐいと押してくる。 「わっかっりっまっしったっ!」  一音一音、スタッカートで答えて、自分の部屋へとむかう。 「ほんと、めんどくさいよな。宿題なんて」  ランドセルから『一年生のさんすう』と書かれた教科書を取り出す。 「じゃあ、消してあげようか?」  突然、後ろから声がした。振り返る。ぼくの部屋の中に、男の子が立っている。真っ黒な服を着ていて、肌が白い。ぼくを見て、にっと笑う。怖くはなかった。 「きみ、だれ?」 「ぼくは、魔王。きみの望みを叶えるよ」  その声は、今までに聞いたことがないくらい、きれいでやわらかだった。なぜだか、信じてみたくなる。 「じゃあ、この宿題をなくしてくれる?」 「きみの望むとおりに」  魔王は、にやっと笑う。そして、すうっと色が薄くなって、消えてしまった。その晩、ぼくは、宿題をやらなかった。
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