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ぼくのひざから、力が抜ける。がくんと、床の上に座り込む。暑くもないのに、こめかみから汗がこぼれ落ちる。
「あの二人は、大けがをした。もしかしたら死ぬかもしれないね。これで、きみの望むとおりになったんだ」
魔王が、ぼくの前にしゃがみこむ。ぼくを見て、そして笑う。ぞくりとした。魔王の真っ黒い瞳の中に、赤く光る炎が見えた。炎に囲まれて、もがくぼくの姿があった。
「わーっ!」
ぼくは叫んで、自分のベッドに入って、ふとんをかぶる。体が震える。ぎしっとベッドが軋む音がする。誰かがベッドに座る気配がする。魔王だ。
「いやだ。こんなのいやだ」
「どうして?」
「誰かが死んじゃうなんて、ぼくは望んでなんかいなかった」
「きみが言ったんだよ。いじめっこは、いらないって」
確かにそう言った。けれど、違うんだ。死んで欲しいなんて願ったわけじゃない。ぼくのせいで、人が死ぬなんて、あるわけない。
「きみが、望んだんだよ」
どこか笑っているような魔王の声で、ぼくの頭はかっとなった。体が熱くなる。震えが収まり、恐怖が消えていく。布団を跳ね上げて、魔王を睨みつけた。
「元に、戻して」
魔王が声をたてて笑った。
「本当に戻していいの?」
「元に、戻して」
もう一度、言う。
「注意書きがあるんだ」
「注意書き?」
「一つ。魔王は、その人の時間を、一度しか戻すことはできない。一つ。その人は、魔王のことは忘れる」
「おまえのことなんて、忘れたい。もう二度と会いたくない」
魔王がくすくすと笑う。
「わかった。元に戻そう。きみの望むとおりに」
魔王の姿が、空気の中にふわりと溶けていく。消えかけた魔王が、小さく笑った。ぼくの意識はそこでとぎれた。
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