魔王

6/7
前へ
/7ページ
次へ
 ぼくのひざから、力が抜ける。がくんと、床の上に座り込む。暑くもないのに、こめかみから汗がこぼれ落ちる。 「あの二人は、大けがをした。もしかしたら死ぬかもしれないね。これで、きみの望むとおりになったんだ」  魔王が、ぼくの前にしゃがみこむ。ぼくを見て、そして笑う。ぞくりとした。魔王の真っ黒い瞳の中に、赤く光る炎が見えた。炎に囲まれて、もがくぼくの姿があった。 「わーっ!」  ぼくは叫んで、自分のベッドに入って、ふとんをかぶる。体が震える。ぎしっとベッドが軋む音がする。誰かがベッドに座る気配がする。魔王だ。 「いやだ。こんなのいやだ」 「どうして?」 「誰かが死んじゃうなんて、ぼくは望んでなんかいなかった」 「きみが言ったんだよ。いじめっこは、いらないって」  確かにそう言った。けれど、違うんだ。死んで欲しいなんて願ったわけじゃない。ぼくのせいで、人が死ぬなんて、あるわけない。 「きみが、望んだんだよ」  どこか笑っているような魔王の声で、ぼくの頭はかっとなった。体が熱くなる。震えが収まり、恐怖が消えていく。布団を跳ね上げて、魔王を睨みつけた。 「元に、戻して」  魔王が声をたてて笑った。 「本当に戻していいの?」 「元に、戻して」  もう一度、言う。 「注意書きがあるんだ」 「注意書き?」 「一つ。魔王は、その人の時間を、一度しか戻すことはできない。一つ。その人は、魔王のことは忘れる」 「おまえのことなんて、忘れたい。もう二度と会いたくない」  魔王がくすくすと笑う。 「わかった。元に戻そう。きみの望むとおりに」  魔王の姿が、空気の中にふわりと溶けていく。消えかけた魔王が、小さく笑った。ぼくの意識はそこでとぎれた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加