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分厚いファイルを小脇に抱えてバスから降り立った宥志は、クラスごとに整列している生徒たちの後ろを素早く移動した。
目指しているのは車列の最後尾、教員用のマイクロバス。
生徒たちの乗ってきた大型バスとは別に、教師陣はマイクロバスでの移動となり、一切を生徒に任せるというのも統稜ならではの風習だ。
生徒主体を徹底している統稜では、こういった合宿の際にも教師たちは生徒に干渉しない。
生徒主体というよりは、単に面倒嫌いな教師が多いだけという噂もあるが、それは暗黙の了解ということになっている。
ともあれ宥志は、生徒たちが整列しているのを横目にマイクロバスの前でたむろしている教師たちの中から、養護教諭で今回の冬季合宿の責任者(名前だけ)でもある桜井翔を呼び出した。
「桜井先生」
「おや?御神君。どうしました?」
どうしました?などと言って責任者の自覚ゼロの桜井を、宥志は些か白い目で見た。
「『どうしました?』じゃねぇ。
さっさと挨拶を済ませて会議室に合流してくれないと、こっちのタイムテーブルが狂うんだよ」
教師に対してこんな言葉遣いでいいのかと思うくらい、宥志の言葉はぶっきらぼうだった。
桜井の方もまた、そう思っているのだろう。
眉間に皺を刻み込んで何かを言いたそうにしているが、しかし桜井は宥志の言葉遣いについては何も言わなかった。
いや、正確には、何も言えなかった。
粗野な言葉遣いを最も嫌っている桜井は、言葉遣いが悪いという理由だけで三時間にも及ぶ説教をすると、生徒たちに恐れられている。
だが、宥志にだけは訳あって何も言うことが出来ないのだ。
今でこそ公認のカップルとなった宥志と征紀の二人だが、そうなるまでには数々のトラブルがあった。
極めてノーマルな恋愛思考の持ち主だった宥志と、中等科時代の些細な噂をきっかけに不純同性交遊の常習犯となった征紀。
そこに、風紀委員会の顧問である桜井の策略が複雑に絡み合って、宥志は征紀と付き合うに至ったのだ。
校内の風紀を乱す征紀を宥志に押し付けたい桜井と、敬語を使うか説教を聞かされるかの二者択一から逃れたかった宥志と、二人の間で条件を出し合った結果、宥志は征紀と付き合い、桜井は宥志の言葉遣いを見逃すというかたちに落ち着いたのである。
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