蛹は明日、また笑う

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「おっ? 銀治郎、なにしてんの?」  背中にずしっと体重がかかる。 「あ」  すっと呪縛が溶けた。顔だけで振り向くと、幼なじみで、ストバス仲間の新田渉が右肩の上で笑っていた。 「わんこの糞でも踏んづけたか?」  茶髪を揺らしながら、からからと笑う。 「なんでもねえよ。重いんだよ。顔、のけろ」  身体をよじるが、渉の腕が絡みついてくる。後ろからのしっと抱きしめられる。一回りも大きい渉の身体はとても重い。 「銀ちゃん、昨夜、緑町高のやつらとの試合、負けたんだって?」  低い声が耳の後ろから響く。 「うるせえよ」 「なんでおれがいないときにやんだよ。コート取られたらおまえのせいだからな」 「おまえが来ないのが悪いんだろ? おれのせいにすんじゃねえ、デブ」  渉を振りほどき、歩き出す。足は普通に動いた。ほっと息をつく。 「あ! 銀、おまえ」 「なんだよ」  振り向く。渉がしゃがみ込んでいる。その手元に視線を送る。茶色い大きなカマキリが、潰れていた。カマが在らぬ方を向いている。足が何本かちぎれ、頭部は完全につぶれていた。心臓のあたりをとんっと叩かれたように、胸がどくんと脈打つ。  さっきの違和感はこれだったのか? 「あーあ。銀ちゃん、殺しちゃった」 「うるせえって。行くぞ」 「ごめんね」  渉がカマキリに詫び、その捩れた茶色の固まりを桜の根本にそっと置いた。茶髪にピアスに真夜中のストバス。それだけで不良扱いされているが、渉は実は小さい動物好きの心優しい大男だ。  すっと息を吸い込む。落ち葉の朽ちるにおいは、嫌いじゃない。冷たい空気とともに、しんとしたにおいが体中に染み渡る。カマキリをつぶしてしまった罪悪感さえ清浄化されるような気さえした。 「銀ちゃん、待ってぇ」  渉が追いかけてくる。青い空が枯れ枝の向こうに広がる。この冬一番の寒い朝だ。枯れ葉色のカマキリを踏みつぶした。葉は舞い落ちる。カマキリの死骸は桜の葉に隠され、ゆっくりと朽ち果て、やがて消えてなくなるだろう。  それで終わる。そう思っていた。落ち葉色のカマキリの死骸は、終焉への始まりだった。
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