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「あーあ。かったるう」
「そう思うんだったら、さっさと手を動かしてください。灰谷智宏くん」
「なんや。やけに冷たいのう。どうかしたんか?こーちゃん」
「見てわかんねえのか。暑いんや!」
向(こう)はデッキブラシを、智宏に向ける。その先から、泥にまみれた枯れ葉が、ぼちゃぼちゃと、水の中に落ちる。
「汚え」
智宏がため息をついた。
夏の初めといえば、プール開き。七月の第一土曜日。運動部から派遣されたボランティア一年生ズによるプール掃除が始まった。プールの水はもうほとんどない。くるぶしを浸す泥水の中で、気持ち悪さに堪え、冬の間に降り積もったゴミや枯れ葉を、ひたすらかき集める。透明な水を夢見ながら。
「おら!陸上部一年の二人!手が止まっとるぞ!動け!働け!掃除しろ!」
プールサイドから体育教師の怒声が飛ぶ。智宏はちょっと肩を竦めて、デッキブラシを構えた。泥水に見え隠れするラインに沿って、二十五メートルの距離を走っていく。
向は、Tシャツの袖で、額の汗を拭った。空を仰ぎ見る。梅雨開け宣言されてないはずの空は、雲の切れ端さえない。夏の太陽が、謳歌する。
「あっちぃ」
もう一度、拭う。
プールの中は、風が通らない。足元から泥水が蒸発し続ける。蒸れる。立っているだけで暑い。汗が流れ落ちる。なんで、プール掃除を運動部がやるんだと、口の中でぼそ、とぐちってみる。
「うち中学に水泳部なんてねえしな。こういうのは一年に回ってくる定めなんよ。止まってても暑いやろ。動いても暑いけど。こーちゃんも二十五メートル走ってきなさい。いい足腰の運動になるで」
向のすぐ後ろで声がした。いつのまにか戻ってきた智宏が、耳の後ろでしゃべった。
「よっしゃ!」
かけ声をかけ、デッキブラシを握る。腰に力を入れ、向は一気にプールの端へと駆け出した。
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