序 懐かしの世

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「アイツ元気にしてっかな?」  変わった町並みを見回しながら男は歩いている。  あの時代より高い建物が沢山あるし、道行く人々の服も洋服が殆んどだし、何より生き生きしていた。 (あんな時代、二度と来ちゃいけないな)  そんなことを思いつつ、男はポケットに手を突っ込んだ。 (アイツ、いい年だからどうせ俺の顔忘れてんだろうな)  取り出した半体の物体二つを見ながら歩いていると、目的地に着いたようだ。あったあったと言いながらその家を眺めている。  その家は彼に当時のことを思い出させるのに十分だった。 「龍造も言ってたが、六十余年前と変わってねぇな」  アイツらしいと苦笑しながら、男は呼び鈴を鳴らした。  山崎篤麿(やまざきあつまろ)は居間で古ぼけたアルバムの写真を見ながら昔を思い出していた。 「いつ見ても懐かしいな」  白黒のモノクロ写真には、軍服を着た青年達に隊の指揮官だった益田重峻中将、そして、あの日以来行方不明となった直属の上官だった男が写っていた。皆純粋な笑みを浮かべていた。  あんな悲惨な時代であったと言うのに、彼らは笑っていた。  多くの戦友を亡くした山崎にとって、あまりいい思いなどないのだが、その中にもいい思い出は数えるだけだがあった。  山崎は戦没者慰霊蔡には必ず出席し、戦友の墓地に墓参りに行っては生き残ったかつての仲間達と昔話を語って当時を懐かしんでいた。  その中で、山崎の唯一の心残りとしては、当時『軍神』と国民に崇められ、世界最強の大軍人と世界から称され、『鬼神大元帥』と軍で謳われた大将の安否であった。 「閣下は今頃どこで何をしているのかな・・・・・・・・・」  そんな時、滅多に鳴らない呼び鈴が鳴った。  どうせセールスかその類だろうと無視していたが、呼び鈴はやかましく何度も鳴っている。耳を塞ぎ何とか堪えているとやがて音は止んだ。やっと止んだとホッと息をついた時だった。 「何だよ、いるんなら出ろよな、山崎」
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