第三章 民宿・さざ波

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 そう言うと紅葉は窓枠に座る佑樹の隣に移動した。 「アンタって意外にいいやつなんだね!」  佑樹は一瞬時の流れが止まった気がした。  夕日に照らされて赤くなった頬……柔らかな風と一緒に踊る黒い長髪……。  初めて出会ったはずなのに……初めて出会ったはず?  そう思った瞬間、瞼【マブタ】の裏にある景色が浮かんだ。  幼いオレの泣く声、散る桜、潮の香り、少女の声……そして、『約束』……。 「……どうしたの? 大丈夫?」  心配そうに尋ねる紅葉の声で佑樹は現実に戻された。  佑樹は小さく息を吐くと、ゆっくり紅葉の方を向いた。 「……おまえ、あの丘の桜の木が大事だとか言ってたな」 「うん。あの桜の木はね、大切な約束をした場所なの」 「約束……だと?」 「そう、約束! まぁ、遠い昔のことだから相手は覚えてないかもしれないけどさ。でも不思議ねぇ! 初めて会ったはずのアンタにこんな話するなんてさ!」  そう言ってニッと笑うと紅葉も窓枠に座った。  佑樹は風と一緒に踊る紅葉の長い髪をそっと掴むと、優しく耳に掛けた。 「……その約束、早乙女が覚えてるならきっと相手も覚えてると思う……」
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