氷の瞳

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それは助けてくれた礼の意味も有るのだろうが、男性はルシアを自分の娘と照らし合わせていた節が有った。 ルシアを自分の娘のように想い、薄い恰好をしているルシアを心配してくれたのだ。 だからコートを呉れた。 それは純粋な優しさだ。 それに気付いた瞬間、ルシアの心はこれまで以上に揺さ振られた。 不動とも言われた心から感情が漏れ出す。 「……お父……さん……」 無意識的に、ルシアは悲しみを含んだ声でそう呟いた。 その眼は村を見ているが、実際は更に遠くを見ている。 自らが凍らせ、胸の奥底に封じ込めた記憶だ。 「……私を……置いて行かないで……。独りに……しないで……」 普段の冷たさは完全に消え、ルシアはか弱い少女のようにそう漏らした。 エルフィオとシオンの前である事も忘れ、ルシアは記憶の断片を見ている。 「……痛い……。こんな想い……したくなかった……。どうして……皆……」 そう言って、ルシアはその場に崩れ落ちた。 膝を着き、身体を震わせ、コートの温かさに縋るように自身を抱き締める。 「……嫌……苦しいのは……悲しいのは……嫌……。だから……『オレ』は……」 一人称が『私』から『オレ』に戻った瞬間、ルシアの表情から先程までの悲しみが消え失せた。 代わりに在るのは氷の感情。 普段の心だ。 悲しみを凍り付かせ、その表層へと浮き出て来たのだ。 未だ僅かな揺らぎが有るが、先程に比べればその振幅は無いに等しい。 それを感じ取ったのか、驚きの表情でルシアを見ていたエルフィオは、突然逃げるようにしてルシアから飛び退いた。 冷酷な感情が放つ殺気にも似た感覚に恐怖を覚えたのだ。 「……どうするか……」 だが、ルシアは特に気にした様子も無く、再び金貨の詰まった袋を睨み始めた。 どうやら、村に戻るかそのまま先へと進むかを悩んでいるようだ。 村に戻り、その金貨を渡した処で、男性がそれを受け取らないであろう事はルシアも解っている。 だが、このまま村から離れれば、心の何処かにずっと気掛かりが残る予感もする。 それは自らの感情の妨げにしかならない。 そう思い、ルシアは次の行動を決め兼ねているようだ。
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