6235人が本棚に入れています
本棚に追加
/1430ページ
それは助けてくれた礼の意味も有るのだろうが、男性はルシアを自分の娘と照らし合わせていた節が有った。
ルシアを自分の娘のように想い、薄い恰好をしているルシアを心配してくれたのだ。
だからコートを呉れた。
それは純粋な優しさだ。
それに気付いた瞬間、ルシアの心はこれまで以上に揺さ振られた。
不動とも言われた心から感情が漏れ出す。
「……お父……さん……」
無意識的に、ルシアは悲しみを含んだ声でそう呟いた。
その眼は村を見ているが、実際は更に遠くを見ている。
自らが凍らせ、胸の奥底に封じ込めた記憶だ。
「……私を……置いて行かないで……。独りに……しないで……」
普段の冷たさは完全に消え、ルシアはか弱い少女のようにそう漏らした。
エルフィオとシオンの前である事も忘れ、ルシアは記憶の断片を見ている。
「……痛い……。こんな想い……したくなかった……。どうして……皆……」
そう言って、ルシアはその場に崩れ落ちた。
膝を着き、身体を震わせ、コートの温かさに縋るように自身を抱き締める。
「……嫌……苦しいのは……悲しいのは……嫌……。だから……『オレ』は……」
一人称が『私』から『オレ』に戻った瞬間、ルシアの表情から先程までの悲しみが消え失せた。
代わりに在るのは氷の感情。
普段の心だ。
悲しみを凍り付かせ、その表層へと浮き出て来たのだ。
未だ僅かな揺らぎが有るが、先程に比べればその振幅は無いに等しい。
それを感じ取ったのか、驚きの表情でルシアを見ていたエルフィオは、突然逃げるようにしてルシアから飛び退いた。
冷酷な感情が放つ殺気にも似た感覚に恐怖を覚えたのだ。
「……どうするか……」
だが、ルシアは特に気にした様子も無く、再び金貨の詰まった袋を睨み始めた。
どうやら、村に戻るかそのまま先へと進むかを悩んでいるようだ。
村に戻り、その金貨を渡した処で、男性がそれを受け取らないであろう事はルシアも解っている。
だが、このまま村から離れれば、心の何処かにずっと気掛かりが残る予感もする。
それは自らの感情の妨げにしかならない。
そう思い、ルシアは次の行動を決め兼ねているようだ。
最初のコメントを投稿しよう!