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「クスッ」
突然、耳元で笑い声が聞こえて、思わずピクリと体がはねた。
……おかしい。
ここには私一人しかいない。
誰かの声が…まして笑い声なんて聞こえるはずがないのだ。
私は無理やりそう思い込み、作業を再開させた。
きっと、風か何かの音だろう。
その証拠に……ほら、今はもう私の息づかいとスコップが土をかく音しか聞こえない。
暗闇の中、私は一心不乱に地面を掘り続ける。
早く、早く、掘らなくちゃ。
私は汗を拭いつつ地面を掘る。
私の耳には、規則正しく鳴り響くスコップの音と息づかいが聞こえるだけ。
夜の冷たい風が、林全体を静かに揺らす。
「……クスクス」
!!!!!
今度は、はっきりと聞こえた。
“ソレ”は風の音なんかではない。
人間の……それも女の声だ。
私の心臓が、嫌になるほど鳴り響く。
唇が乾燥し、額からは脂汗がゆっくりと流れ落ちる。
声を出そうにも、喉は乾いた空気が出ていくだけで、ちっとも声にならない。
私は地面に転がる物を見た。
“ソレ”は、確かに青白い顔で目を見開いて、ピクリとも動かない。
指先で触ると驚くほど冷たく、固い。
ほんの数時間前までは、普通に動いていた“ソレ”を私は憎しみを込めて見つめた。
早く、早く、埋めなくては。
私はさっきよりも作業を急速に進めていった。
やっと穴が大きく広がって、私はホッと一息ついた。
これで、これで安心だ。
私は、背広姿のポケットからタバコを取り出した。
「……クスクス」
また笑い声が聞こえて、私は慌てて後ろを振り返った。
するとそこには先ほど殺したはずの妻が、恐ろしい笑みを浮かべて立っていた。
私はその場に凍り付いたように動けなかった。
「……クスッ。その穴に入るのは貴方よ」
妻はこの世ものとは思えない力で私を押した。
私はなすすべもなく穴に落ちる。
妻はニヤリと笑うと私の上に乗った。
そして、私の首を締め上げる。
「……私から逃げるなんて許さないわ…」
妻はにっこりと笑った。
しかしその笑みは、もう先ほどの恐ろしい笑みではなく、普段の彼女が浮かべる穏やかで、優しい笑みへと変わっていた。
私は安心してゆっくりと瞳を閉じていった……。
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