24人が本棚に入れています
本棚に追加
しばらく沈黙の時間が訪れた。
壁に掛けられた時計の針の進む音だけが、耳に響いてくる。
まだか、まだかと硬直していると、鼻をすする音がした。
「ごめんなさい」
彼女は――泣いていた。
鼻を赤くして、目から涙の筋を幾つも流して、何度もごめんなさいと呟いていた。
ああ、これか。
さっきから目の前にちらついていた真っ暗な澱みが、霧散した。
「僕は、怒られたかったんだ」
彼女はすすり泣いている。
「だから、走ったんだ」
答えは彼女が持っているんじゃない。
答えは――。
「僕が好きなのは、怒った後の君の笑顔なわけで。そのためだけに走って来たんだ。なんていうのか、とりあえず、僕は幸せだった」
話を聞いているのかいないのか、彼女は泣き続ける。
「今は君が怒るべき時であって、そうしてくれないと、何かスッキリしない」
気の利いたことが言えない。
「でも、とうとう泣かせちゃった。結局僕は、自分の事しか考えていなかったんだ」
――これが、答えだ。
僕は、単なる利己主義のお子ちゃまだったのだ。
わかったじゃないか。
やっぱり僕の平凡な人生には、彼女は勿体ない。
それを知るために、必死で走ってきたのだ。
それは偶然ではなく、必然として。
ここで別れを告げよう。
僕は、立ち上がった。
さようなら。
最初のコメントを投稿しよう!