凍える小品

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 ゼミ終了後、これで授業は終わりでサークルもないので早く帰って家でゆっくりしようと思っていたところに、砒白が俺とその周りにいたゼミ生を呼び止める。 「悪りい、あのさ、俺の指輪知らない?」 「指輪?」 「そう。ゼミ飲みのときになくしちゃってさ」  そういえば、砒白は以前、指輪がなんちゃらと話していた。確か、二十歳になった記念に祖母からもらったもので、プラチナ製だとか。頭がいい上に、持ち物も一級品とは、贅沢なやつだと思った。 「プラチナの?」 「そう、プラチナの」 「見てないよ」  自分も他のゼミ生も心当たりがなく、砒白を慰めて一緒に教室を出る。  校門を通り過ぎたあと、校舎内で別れたはずの砒白が俺の肩を叩いた。 「犬井、宇田川と仲いいよな」 「仲良くないけど」  砒白は勝手に話をすすめる。  なんでも、砒白はゼミ飲みで指輪を外して女子二人に見せた時になくしたのだと思っているらしい。そのときに近くにいたやつが飲み物を零し、近くにいた砒白がそちらに気を取られてテーブル拭きを手伝ったり、トイレに立ったりしている間に酒が回って酩酊状態になり、気がついたら家にいたのだそうだ。  それから砒白は指輪がないことに気づいて記憶のある範囲で自分の行動を振り返り、指輪を外したことを思い出して、女子二人に話を聞いた。  すると、女子二人の後にもう一人、指輪を触った人物がいたことが判明したのだ。 「それが宇田川か」 「そういうこと。まだ本人に聞いてないけどさ。関さんと松川さんは知らないって言ってたから。犬井、何か聞いてない?」 「別に俺、宇田川と仲良くないし」 「話しはするだろ」 「俺と砒白だって話はするだろ。それで俺達、仲は良いか?」  砒白は話の終わりを感じとって、早い足取りで先を歩き自分の前から消える。  あの宇田川が窃盗をするはずがないと、自分では確信に近い希望を持っていた。どちらかと言うと、彼は窃盗をされる側だ。今だって、疑いをかけられているかわいそうな被害者だ。  もっと落ち込んだ様子でも見せれば協力の一声も湧くのに、去り際に見せた目は、犯人でもない自分に恨みを込めていた。あの砒白の態度を見ているととても同情してやる気にはなれない。
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