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某県某所。
雲の陰すらない蒼い空には黄金の月が輝き、その眼下にひっそりと建つ廃病院を見下ろしている。
長らく手入れなどされずに雑草が伸び放題になっている敷地内に一陣の風が吹きわたり、草花がさわさわと揺すられる。
奇妙な光景だった。人の腰ほどの高さもある草原の中、おぞましい雰囲気を放つ崩れかけの病棟をバックにただずむのは、この空間には酷く不似合いな一つの存在。
現代の日本におおよそ相応しくない格好をした、呆然と立ち尽くす一人の人間だった。
長身の痩躯に、額に刀の刀身を象ったような一本角を持つ、騎士とも武者ともとれる細身の鎧を全身にまとい、だらりと下げた腕のうち左手に片刃の剣を握っている。
その人物が男であることは、顔が見えずともその細く力強いシルエットの体格から容易に推測できた。
時代に取り残された戦人のようなその鎧の男は、空の一点を見つめるように首をもたげ、全身の力を抜いてリラックスしているようにも見える。
広大な廃病院の敷地内、男は一人何を待つのだろうか。
……否、一人ではない。
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