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「涙…」
彼は人差し指で頬に伝う涙を拭う。
抱いてほしい。のに、体も心も、金縛りにあったように動かない。
言葉が出ないのだ。
彼の手を取ってみる。
ひんやりと、少し冷たい。
彼は真っすぐ私を見つめる。
「…清い身でここを出るつもりでしたが…どうやら」
彼はひどく色っぽい顔で答える。
「できなくなりそうです」
ふいに、ぐいっと引き寄せられる。
心臓の音だけが響く。
背筋に、びりびりとした刺激が、伝わっていく。
彼の胸のなかにいる…
こうなることが私の商売であるのに、まるで夢のなかにいるような、不思議な感覚…
はあ、と彼が吐息を洩らした。
「心の臓が、飛び出てきそうです」
「わっちも…」
「抱き合う、というのは…こんなにも…気持ちの良いものなんですね」
「ほんとう…こんなに気持ちいいなんて…はじめて」
彼は私の眼を見ると、言った。
「すみません、格好悪いが、私はどうしたらいいんです?」
微笑しながら彼は言った。
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