狼と向日葵(前編)【おおかみとひまわりぜんぺん】

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お座敷に出るのは、すごく嫌いだ。              たくさんの男たちの相手をするなんて、まっぴらごめんなのに…              ただ話をして、酌をする。              さきが無い相手に色目を使うなんて、反吐が出そうだ。              まだ、客をとっていたほうがましというものだろう。              廊下で、深雪太夫がきらびやかな着物を着て立っているのを見る。              彼女は、凛としている。              彼女を包む空気は、ぱりっとしていて…はりつめているかのようだ。              たくさんの雪が降りおわったあとの、あの空気。              周りが、その美しさに息を呑むからだろうか。              彼女は私に気付くと、にこりと微笑した。              「ひまわりちゃん」              声を掛けられ、はっとする。              「今日は、わっちの為に嫌な仕事引き受けてくれて、どうもありがとう」              ふるふると首を振ると、  「わっちゃあ、芸のたぐいは得意じゃぁないんで、ひまわりちゃんよろしゅう」              「うちだって、そんな」 遮るように太夫は言う。 「ひまわりちゃんは、そういう才がありんすなぁ」 にこり、とまた笑う。              「姉さん、あの」 太夫はじっと私の目を見る。 「今日の客って…」              彼女はふっ、と微笑んで 「誰でも同じ、ただの男でありんす。わっちはただ、客をとるだけ」              と言い放った。 おつきの男に促され、太夫は座敷に入っていく。白粉の匂いが、漂ってくらくらした。              人と同じ匂いでは、ない。太夫の後ろ姿は、自信に満ちあふれて… 長いかんざしが、一層艶やかに、更にはかなく… はりつめた空気は、彼女が過ぎ去ったあと、物悲しく感じた。
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