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猪口に酒を注ぐ。
それを男は、くいっ、とままごとのようにいとも簡単に飲んでしまう。
「酒がうめぇな」
酒は、と、話を続ける。
「俺たちにとっちゃあ女と一緒で唯一の楽しみだ」
酒が入ると、男はよく話すようになった。
「おめえ、なんであんな顔…してたんでい」
酒を流し込みながら、男は続ける。
「あんなって、どんなだい」
こたえると、横顔のまま、男は続ける。
「あんな…死にに行くような顔」
「わっちがかい?」
男はこくりと頷く。
ぷ、と吹き出してしまう。
すると決まりが悪かったのか、頭を掻き出した。
「わっちは毎晩、男を殺しやすが自分が死ぬと思ったことはない」
「嘘だろ…あんな…眼。初めてみた」
まだ、男は横顔のまんまだ。
「俺は死ぬのがおっかねえ。が、お前さん…死ぬの怖くねえだろ」
考えたこともなかった。
吉原に来て以来、全て白紙に戻そうと考えてやってきたが、そんなことを言われたのは初めてだ。
「わっち、そんなこと…考えたことも」
いいかけて、男がさえぎった。
「覚悟はとうにできてるはずだ。俺には分かる」
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