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もやもやとする感情を抱えたまま、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
気がついて時計を見ると、十分程しか経過していなかった。
「入るよ、雪耶」
突如、ノックもせずに雪耶の一つ上の兄、胡蓉(こよう)が入ってきて断りも無くベッドに腰掛けた。
「なんで先帰るワケ?待っててくれてもいいじゃん」
胡蓉は手持ち不沙汰に雪耶の制服のポケットから煙草を取り出して指先で遊び始めた。
別に雪耶が吸う訳では無く、見付かった時に困るからだ。
「別に…早かったんすね」
雪耶はベッドに寝転がって、横を向いたまま答えた。
「あぁ、あいつバイク通だから後ろ乗ってきた。
なぁ雪耶」
胡蓉の友人という事は年齢的には無免許だろうが、彼はその事には触れなかった。
胡蓉は、まるで雪耶を逃がすまいとするかのように上から覆い被さった。
「お前さ、明日も先帰ったら殺すよ?」
ゴリ、と音がして、何か硬い物をこめかみに突き付けられたのだと感じた。
「殺すんなら殺すで構わないっすけど」
雪耶はこめかみが痛むのを堪えながら上目遣いに胡蓉を睨み付けた。
「兄貴達を悲しませるような真似はしないでくださいっす」
雪耶は分かっていた事だが、そんな台詞で胡蓉が怯むなんて事は無かった。
独特の、皮肉めいた笑みで胡蓉は雪耶を見下した。
「バーカ、バレねぇようにするんだよ」
言いながら、胡蓉は煙草を一本口にくわえて火を付ける。
「声出すなよ、お前だって妃河理兄さんや凛寧兄さんを悲しませたくないだろ」
そう言って胡蓉は雪耶のこめかみに当てていた物を振り上げ、思いきり雪耶の頭を殴りつけた。
「……んっ」
気絶するほどの痛みを、雪耶は小さく声を出すだけにとどめて堪えた。
「悪い、力加減間違えた」
クスクスと嘲るように笑いながら、胡蓉は雪耶の髪を掴んでベッドから引き擦り落として仰向けにさせると、腹に足を当て少しずつ力を込めていった。
「…ぐ…うぅ…げほっ…」
息が詰まる感覚と、胃の内容物が喉元に競り上がってくるような気持ち悪さに泣きたくなったが、それでも雪耶は我慢するしか無かった。
逆らったらもっと酷い目に合わされるだろうし、胡蓉にいじめられている、等と誰に言えよう。
胡蓉の言う通り、雪耶は兄達に心配を掛ける事を恐れていた。
いや、雪耶が恐れていたのは、これ以上自分が惨めになる事だった。
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