新島雪耶編~契約~

8/15
前へ
/15ページ
次へ
「そりゃぁそうだよなぁ?速く走れるワケでもねぇ足も、芸術を産み出せるワケでもねぇ手も、どっちもお前には必要ねぇよ」  そう言って胡蓉は雪耶の左腕を取り、締め上げた。 「優しい優しいお兄さんはさぁ、いきなり利腕とかいかないから」  何が面白いのか、胡蓉はケラケラと笑うと肩を踏みつけ、思いきり雪耶の腕を引っ張った。  ゴキン、という鈍い音と共に雪耶の腕はあらぬ方向を向いてしまった。  それでも雪耶は床に顔を押し付け、悲鳴が外に漏れるのを防いだ。 「お、頑張ったじゃん、偉い偉い」  足の裏で雪耶の頭を撫でるように踏みつけると、胡蓉はドアの方へ向かった。 「それ、ちゃんと言い訳考えとけよ」  パタンとドアがしまる音がし、雪耶は部屋に一人取り残された。  身体中の痛みが少しずつ鮮明になってきたが、その痛みに身を委ねてしまった方がよっぽど気が楽だった。  いつからだっただろうか。  昔はこんなじゃなかった。  素直に兄達を凄いと思えたし、その兄達の弟である事は雪耶にとって誇りだった。  でもいつの間にか、自分が特別な存在なんかじゃない事に気付いた。  胡蓉からの虐待を受けるようになった。  兄達を見るのが辛くなった。  少しずつ、人との付き合いを避けるようになった。  自殺願望が生まれ、自ら手首を切るようになった。  もちろん、周りの人は皆心配した。  それを雪耶は拒んだ。  余計惨めになるだけだから。  それでも優しい兄達は雪耶を心配した。  ずっとその繰り返しだった。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加