21人が本棚に入れています
本棚に追加
会社に勤めていて、はじめて定時に帰してもらえた。先輩や上司達は珍しい物を見るような目で僕を見た。連休をまたいで急激に仕事のスピードが上がったからなのだろう。けど僕自身は、案外集中してこなせばそれほど大変な作業でもなかったと言う事実に驚いていた。
いつもよりほんの少しだけ雰囲気の違う満員電車に揺られながら、僕は今日どんな話題で話そうかと悩んでいた。昨日の今日で会話のネタが尽きたわけではないけど、女性と一対一で話をするのは久しぶりだったから少し緊張しているのもある。同世代、同い年と言うのが救いだと感じた。
いつになく早い帰宅だったから、久々に料理でもしようと思って材料を買いにスーパーに寄った。とは言えレパートリーは限られていたから、程良く野菜が摂れるようなメニューをあれこれ考えて買った。うまい事今日の話題の一つにでもなれば幸いだ。
家に帰って食事を摂った後、さっと洗い物をすませてベランダへ出た。だがとなりに静音が居る気配はなかった。時計はもう7時30分を回っている。まだ帰って来ていないのかもしれない。二十歳の大学生なら当然だろう。彼氏の一人や二人居たっておかしくはない。
ほんの少し嫉妬心を抱いた事は内緒にしておこう。
そんな事を考えていると、隣の部屋から物音が聞こえてきた。少し心が躍る。少し慌てたようにドタドタとベランダへ近づいてきた。さらに心が躍る。ベランダの鍵を開ける音が聞こえた。僕は咳払いをしてのどの調子を整えた。
「こんばんは。待った?」
ベランダを覗き込んだ静音に、僕は小さく笑って首を横に振った。待つのも楽しみの一つだと言うことを改めて実感した。
最初のコメントを投稿しよう!