書籍版・冒頭

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    「ほたる来い」        一  鬱蒼と繁る原生林のような庭木の中を、ふわふわの栗毛をなびかせて、浴衣姿の幼女が走り抜けていく。  芝生に足を取られながらも、その瞳は目的地から離さない。目指す場所は彼女の秘密の遊び場…月代本家。  音を立てないように注意して、母屋の裏口から忍び込み、真っすぐ当主の部屋へ向かう。高い天井が彼女の足音を飲み込んで消していく。  見つかったら大変だ!急げ、急げ! 「ミチル!カケル!」  屋敷の奥にあり月代当主の部屋・奥の間の襖を勢いよく開け放つ。  青みがかった黒髪をゆらし、真っすぐ見つめられると魅入られてしまうような妖しい光を宿す漆黒の瞳を持った、浮き世離れした美しい双子の兄弟がふり返る。 「あぁ、弦、また来たんだね、誰にも見つからなかった?」  手前の少年・翔が柔らかく微笑む。 「うん!ユヅル、上手だもん!」  幼女は翔に飛びついて膝に座り、自慢げに胸を張ってみせる。 「よく言うぜ。この前は父さんに見つかって大騒ぎになったじゃないか」  大きなあくびをしながら、後ろの少年・満が言った。 「あぁ~あ、ガキの相手なんて面倒くさいんだよなぁ~。つか、またバレたらオレらまで父さんにブっ飛ばされちまうよ」  文句を言いつつも、まんざらでもない表情。
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