06:朦朧 

10/12
前へ
/159ページ
次へ
「――!」  水底から急上昇したように、景色がぐらりと歪んで視界が開けた。  こぼれおちそうなほど見開いた目に、雨雲と針葉樹が映る。  喉がつまって、一瞬、呼吸が出来なくなる。  自分の足下が確かなのか、分からない。  ここは……【私】は……。  胸に手を当てて、意識的に深呼吸をする。苦しいときは息を吸おうとしてしまうけれど、大事なのはまず吐くことだ。ゆっくりと深く息を吐き出しながら、乾きはじめた目を閉じた。こちらも、意識的にまたたきを繰り返す。  こんな風に意識が飛ぶことは、最近めっきり減っていたのに。  やっと落ち着いてきた呼吸を緩めて、辺りを見回した。  山の中に居る。  ひとりだ。  【彼】が、居ない。  吐息の色が白いことにやっと気が付いて、一気に冷えを思い出した。コートとマフラーで守られている以外の露出した肌に空気が突き刺さる。
/159ページ

最初のコメントを投稿しよう!

91人が本棚に入れています
本棚に追加