06:朦朧 

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 【彼】が居ないのは、【私】が置いてきたからだ。引き止める手を、振り切った。  ぼんやりと大学でのことを思い出すと、急に頭が重くなった。  でも、仕方がなかった。  ああするしか、なかったのだ。  【私】が【私】を守るためには――  振り切るように首を振って、辺りを見回す。  いつの間にか、だいぶ山中に分け入ってしまったようだ。  裏側に対して意識を研ぎ澄ませる。  前に、崎原さんとここに来たときは、裏側のものたちがまったく見えなくなってしまって、薄気味悪く感じた。でも、今は違った。 『とうこ、どうした?』 『何かさがしているの?』 『手伝おうか』 『一緒に行こう』 『ほら』 『おいで』  それらのものたちは、【私】をびっしりと取り囲むように、存在した。頭の中にちょくせつ話しかけてくる声の洪水で、目眩がする。
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