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「はぁ…はぁ……はあっ…」
コースロープの端に寄りかかり、荒い息を整えながら、私は先ほど告げられたタイムを脳内で反復する。
『29,11』
…や、やった……。
水に浮きつつ、喜びに浸る。
そんな私へ、一本の手が差し伸べられる。
「おつかれ!!スゴいじゃん紅葉(もみじ)、ベストだよベスト!!」
細身な腕を掴み、プールサイドへ引っ張り上げてもらう。
…泳いだ私よりも、アンタの方が喜んでるよね、確実に…。
まあ、誉められて悪い気はしないから、別にいいんだけど。
「……ありがと…澪(みお)…」
彼女のはしゃぎっぷりに少々気圧されながらも、とりあえずお礼を告げておく。
むわっとした蒸し暑い空気と塩素の匂いが漂う此処は、見ての通りプール。
しかも、温水という贅沢な機能付き。
それ故、もう十月も後半に差し掛かっているにも拘わらず、私たち水泳部は泳ぐ練習が可能なのだ。
……まあ、温水プールと言っても、一年中やるワケじゃないんだけどね。
私の名前は九重紅葉(ここのえ もみじ)
この県立美柳高等学校に通う、十七才の高校二年生。
身長は百六十、体重は……そこそこ。バストは、水着を着れば辛うじて膨らみが判る程度。
……フン、これから発展していく予定なのさ。 たぶん。
今は水泳キャップをつけているが、生まれつき栗色の髪をしている。
母は綺麗だとよく誉めるのだが、寝癖直しが面倒なので、とりあえずセミロングに留めている。
さっき説明した通り、一応水泳部。
「一応」と言うのは、3年の先輩たちが引退した今になっても、リレーメンバーの補欠にすら選ばれない平部員だから。
つまり先ほどのタイムも、あくまで“自己ベスト”なのであって、部活全体で見れば中の下程度。
妙にレベルが高いせいで、高校から水泳を始めた私にとっては、これが精一杯なのだ。
それでもやはり、ベストが出たのは素直に嬉しい。
自然と口元が綻ぶのを感じた、その時―――
「お、随分とタイム縮まったじゃないか九重」
突然背後から浴びせられた声に、私は文字通り飛び上がった。
我ながらオーバーリアクションであると思うが、仕方ない。
何故ならそれは、私の大好きな人の声だったのだから。
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