140人が本棚に入れています
本棚に追加
ドキドキしながら振り返ると、予想通り、そこには優しい顔つきの先輩の姿があった。
「前回は30秒後半だったのに……よく頑張ったな」
「あ、その……あの…」
ほ、誉められてしまった…。
顔が熱くなるのを感じる。
まるで、火が燃え移ったような錯覚を受ける。
マトモに顔を見ることができない。
「努力した甲斐があったな。その調子で、これからも頑張ってくれ」
「…あ……は、ハイ…ありがとうございます、沢口先輩…」
軽く染めたサラサラの茶髪にガッチリした体、優しい笑みを浮かべるこの人は沢口皐(さわぐち こう)。
この部活の元主将であり、私の憧れの先輩。
勉強、水泳、共に優秀な成績を収めている文武両道な人で、サッパリした性格や優れた統率力から、男女問わず人気がある。
先月の大会で引退したのだが、既に有名な名門大学の推薦入学が決定しているので、本来受験シーズン真っ只中の今も、部活に参加しているのだ。
去年からずっと、水泳初心者の私を、手取り足取り熱心に指導してくれた。
また、元来人との会話を苦手とする私が、部内で浮いた存在にならなかったのも、彼が頻繁に接してくれたおかげ。そんな先輩に、私は何時しか恋心を抱くようになっていた。
故に、最近では緊張の余りロクな会話もできていないのだが…。
「おぅ、じゃあな」
そんな私の内心に気づいた様子もなく、私の返答に対し満足げに頷くと、クルリと背を向けて去っていた。
幸い、顔が赤いのはバレなかったみたい。
「んふふ~、紅葉ぃ~?」
いや、コイツがいた。
ニンマリと嫌らしい微笑みを浮かべながら、私の名前を嫌らしく呼び、嫌らしく顔をのぞき込んでくる友人A。
「お顔が~、クソ猿のケツみたいに真っ赤っかでちゅよ~」
そう、コイツは私が沢口先輩のコトが好きなのを知っている。
私の反応を見るのが楽しいらしく、事あるごとに、こうしてからかうのだ。
……よって、制裁を加えねばならない。
「そんなペチャパイ猿が、ファンクラブまで存在するあの沢口先輩に恋するなんて無謀むぼっ!?」
無言で脚を振り上げ、ジャージ姿の澪をプールへ蹴り落として差し上げる。
凄まじい水しぶきと共に水没する澪。
その無様な姿に心満たされた私は、数秒の黙礼、反撃の狼煙を上げられる前に、そそくさと撤退するのであった…。
最初のコメントを投稿しよう!