🍁悪夢🍁

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▼ 紺野君との一件から十日が経過した。 周囲を取り巻く環境に大きな変化は見られないけれど、それでも私は幸せだった。 虐めることに飽きたのか、それとも佐藤に暴行を加えた私に恐れをなしたのか。 どちらにせよ、イジメの内容が以前よりもマシになっているような気がする。 もっとも、クラスメートたちによる集団シカトや、澪による直接的な嫌がらせは……、止まないままだったけれど。 それでも、見えないところでさり気なく助けてくれる彼のおかげで。 どんなに辛くても、私の味方でいると言ってくれた紺野君の存在があったから。 たから、どんな嫌がらせを受けても耐えることができた。 放課後になれば、他の生徒たちが下校するのを何食わぬ顔で待ち、人気がなくなった頃合いを見計らって、二人で手を繋ぎながら一緒に帰る。 やはり控えめな彼は、自分からあまり喋ろうとはせず、かく言う私もこちらから話題を振るタイプの人間ではないので、自然と会話は少なくなる。 だが決して気まずいという訳ではなく、二人で色々な店を渡り歩くのは楽しかった。 CDショップや書店を適当に冷やかしたり、なんとなく喫茶店でくつろいだり。 無くしてしまった、私の日常。 何よりも求めていた、大切な日常。 かつて澪と過ごした、もう二度と戻ってこないと思っていた日々を、私は再び手にする事ができた。 隣にいるのが澪じゃないのは、正直言って寂しい。 でも、それはもう叶わない願いだし、紺野君と一緒にいるときだって、それには劣らない楽しさを与えてもらっている。 それに、沢口先輩のように、自分の考えた場所を好き勝手に連れまわすのではなく、常に私の意思を尊重し、しっかりと意見を聞き入れてくれるのだ。 母以外に誉められたことのないこの栗色の髪を「綺麗だね」と言ってくれたときは、本当に嬉しかった。 休日には十並市の市街地に赴き、疲れ果ててフラフラになるほど遊んだ。 本来嫌いな筈の人混みも、ほとんど気にならなかった。 彼の家は父子家庭で、普段は自宅に誰もおらず、それを良いことに彼の家へ何度も上がり込んでいた。 二人で夕飯を食べたり、どうでもいい雑談をダラダラと交わしたり、ベッドの上で身体を重ねたり。 こんなに満たされた気持ちになったのは、生涯でただの一度もなかったかもしれない。
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