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そんなわけで、今日は私の新しい父となるべく人間が、我が家を訪れる予定となっている。
早く帰宅して、最低限の掃除なり何なりをするべきだろう。
にも拘わらず、未だに私は学校にいた。
「……急がなきゃ」
夕暮れ時。
時刻は既に五時を過ぎ、窓から差し込む光が、真っ直ぐな廊下を茜色に照らし出す。
そんな廊下を早足に進みながら私は呟く。
手の中には、クラスに配布するよう委員会で手渡されたプリントの山。
委員会に所属していない私が、何故このような事をしているのかというと、もちろん佐藤たちのせいだ。
残念だが紺野君に謝り、今日は速やかに帰宅しようと考えていたところ、こうして仕事を押しつけられてしまった。
別にサボっても良かったのだが、重要な知らせがあった場合、澪の計らいで私が責任を負わされるであろうことは安易に想像できたので、やむなく引き受けたのである。
しかし、私の足取りは自然と弾んでいた。
何故なら、仕事が終わるまで教室で待っていると、紺野君が言ってくれたからだ。
何時になるか判らないのに、それでも教室で適当に暇を潰していると。
その心遣いが、押しつけられた仕事に対する苛立ちを、綺麗さっぱり洗い流してくれた。
…どうせもうこんな時間だし、ちょっとだけ寄り道してもいいか。
そういえば…、この前行った喫茶店のココア、凄く美味しかったっけ。カウンター席で二人並んで飲んだやつ。
もう一度、紺野君と飲みに行きたいし……誘ってみるか。
…それにしても随分遅くなっちゃった。早く行ってあげないと。
二年三組の教室前に辿り着く。
逸る気持ちを抑え、私は教室のドアに手を伸ばし――――――
「―――紅葉、そろそろ来る頃だよね。紺野君」
その動きが、止まった。
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