届かない距離

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「なんだよ、これ」  祐樹が眉間にシワを寄せる。剥き出しの肩が、息苦しいのか、小さく上下する。 右手の親指で、祐樹のくちびるに触れた。 「やめろよ」 「祐樹」  吐き出す息に絡めて、その名を呼ぶ。祐樹が硬直する。視線も、呼吸も、止まる。  触れてみたかった。  もうずっと前から、祐樹が欲しかった。  何度も夢に見た。  その手を押さえ付け、くちびるを塞ぐ。手を脇腹からシャツの内側へと這わせる。祐樹が嫌だと、首を振る。それでも、止められない。肩、首筋にくちびるを合わせる。綺麗な背を指で辿る。執拗なまでに祐樹に触れた。  目が覚めると、ひどく身体が重かった。  今、目の前に、リアルな祐樹がいる。おれの指は、祐樹のくちびるを辿る。違いの呼吸音が聞こえるほどに、近い。それなのに、動けない。  指先が震える。  怖いのだ。  触れることは、たやすい。このまま、強引にくちびるを重ねることはできる。けれど、その後、おれは祐樹の目を見ることができるだろうか。祐樹は、おれを見るだろうか。  小さく息を吐き出した。 「なーんちゃって!」  にやりと笑い、祐樹を開放する。 「は?」 「もうすぐクリスマスだろ? 彼女にどうやって迫ろうかと思ってさ」 「おまえ、彼女なんかいたのか!」  祐樹が食いついてくる。それには答えずに、またにやりと笑ってみせる。 「なあ、ドキドキした?」 「アホか。誰が男に迫られて、嬉しいかよ。しかも浜ちゃんだぜ?」  祐樹の肩から力が抜けるのがわかった。 「っていうか、おれを練習台にすんな、バカ」  祐樹がおれに背を向ける。ロッカーから制服の白いシャツを出して羽織る。まっすぐに、それでいて柔らかいラインを描く背中が隠れる。少し伸びすぎた茶髪に、耳が見え隠れする。その先が、ほんの少し、赤みを帯びていた。  さっきの、本気だったんだって言ったら、おまえどうする?  声に出さずに、問うてみる。 「今日、おまえのおごり、決定な!」  祐樹が笑う。  心臓がことりと、音をたてる。  壊したくない。  欲しいくせに、怖いのだ。  おれは、壊さずにすんだ祐樹の笑顔に、笑って応えた。届かない右手を握りこんだ。
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