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試験中の校内は、静謐で、他人顔だ。
廊下を走る音も、怒鳴り声も、椅子や机の高く響く音もない。校内に抱く空気さえ、澱みなく澄んでいて、そして冷たい。
二年一組、一番後ろの自分の席に座り、手の中の携帯を眺める。
そこに並ぶ小さな文字は、とうに暗記した。それなのに、頭が空回る。何度も何度も眺める。視線はディスプレイの上を滑るだけだ。
『女子の間で、おまえと祐樹ができてるって噂が流れてる』
メールをみたとき、心臓が鳴いた。
隠し続けてきたはずの自分の想いが、誰かに暴露されたのかと思った。
送信者は、同じサッカー部の大輔だ。中学が同じで、気心が知れている。三年に姉がいる。情報の入手先も、そのあたりだろう。
変な噂があるけど、気にするな。男子は誰も信じちゃいない。でも、女子はこういうの、面白がるからな。事実なんて、どうでもいいんだ。おまえら二人が一緒にいるだけで、盛り上がってる。写メとか、撮られてるから、気をつけろ。
そういってきた。
誰にも、わかるはずない。
祐樹と出会って、一年半。あいつへと向かう想いは、ずっと隠して来たのだ。
こんな気持ち、誰にも言えない。祐樹にさえ、伝えられない。
なのに、噂が出回っている。火があるから、煙りが立つのだ。
もう、隠しきれないのだろうか。
抱え続けた想いは、溢れて、零れて、他人にさえ気付かれてしまうほど、悪化しているのだろうか。
わからない。考えても考えても、原因や理由なんて、見つからない。
「祐樹」
声になって零れた。
指先に、祐樹のくちびるの弾力が蘇る。あのとき触れた祐樹の温度が、じわりと広がり、体内に火を点ける。
瞼を閉じる。
あのまま、くちびるを重ねていたら・・・
くちびるを咬む。そして、息を吐き出した。椅子の背にもたれ、天井を睨む。
祐樹を傷つけたくない。
一緒にいるだけで、噂になるならば、今できることは、一つだけだ。
この想いを、手放そう。
吐き出した息は、白い球体を描いて、消えた。
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