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「浜ちゃんー、これ! ここ、わっかんねえんだけど」
なんの躊躇いもない。くったくのない笑顔を向けられる。それだけで、胸の奥が騒ぎ出す。ほんの瞬き一つ分、祐樹の顔に、視覚も聴覚も奪われる。
決心が鈍るほどに、揺さぶられる。
息をのみ、言葉を捜す。
そして気付いた。教室の空気が、ざわっと揺れた。女子が数人、明らかに好奇の視線を投げかける。おれと、おれの机の横に立つ祐樹へと向かう。
昨日、大輔からもらったメールがリアルになる。
昨日、封じたはずの想いが燻る。
忘れられるわけない。こんな近くに、いるのに。すぐそばで、おまえが、笑うのに。
「ばーか! おまえ、いまさらだろうが。あと10分でテスト始まるぞ」
大輔が祐樹の後頭部を丸めた教科書で叩く。
「いって。なんだよ、大輔にはきいてねえし。きいてもわかんないだろうしな」
「まっ! ひどい! 同じ欄外のくせに」
「だから浜ちゃんにきいてんだよ。サッカー部で唯一の五十位以内だしな」
いつもの風景だ。
いつもの、ありきたりの教室のワンシーンだ。違うのは、いくつかの眼と、自分の内側に響く痛みだ。
痛い。痛くて、熱い。
立ち上がる。
「浜ちゃん?」
祐樹がおれを見上げる。
「担任に呼ばれてたんだった。職員室、いってくる」
「テスト始まるよ?」
「すぐ戻る」
祐樹とのラインを断ち切るように、教室を出る。後ろ手にドアを閉めてもまだ、祐樹の視線を背中に感じる。
不自然、だよな。
でも、もう気付いてしまった。噂も、祐樹に向かう熱い痛みも、ぜんぶリアルだ。
止められない。自分ではもう止められない。
でも守りたいんだ。
どうすればいい。
チャイムが鳴る。廊下も、教室も、ざわめきが退いていく。
身体が重い。
身体が熱い。
握りしめた冷たい指が、手の平に食い込んだ。
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