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小林紗香は幸せだった。
今日は、彼女の二十八回目の誕生日である。
もうすぐ、西島祐介がケーキを持って訪ねてくる。
ささやかな幸せかもしれない。少なくとも、二年前の自分に比べれば…。
紗香は、買ってきたフライドチキンを皿に盛り付けながら、過去に思いを馳せる。
二年前。
紗香は両親を不慮の交通事故で亡くした。
兄弟・縁者ともに持たぬ紗香は、その事故によって天涯孤独の身となる。
絶望。
その言葉ですら生ぬるさを感じる程に、その時の紗香は生きる事への意味を喪失していた。
そんな彼女に、再び生きる勇気を与えてくれたのが、西島祐介であった。
ふと我に返り、紗香はカレーの鍋の蓋を開けた。
辛口のカレーに、隠し味のインスタントコーヒーを入れる。軽く混ぜ、味見をした時にドアホンが鳴った。
ワンルームながら、綺麗に整頓された紗香の部屋は、意外に広さを感じさせる。
白を基調にコーディネートされたその部屋を駆け抜け、紗香はドアの覗き窓を覗く。
丸く歪んだレンズの向こうに、ケーキの箱を目の高さで掲げる祐介の笑顔が見えた。
そんな子供っぽい祐介の振る舞いに、紗香は思わず口許を緩ます。
ドアを開くと、
「はっぴばーすでー!さ・や・か!」
と、マンションの廊下中に響き渡る程の大きな声で、祐介が祝福する。
まるで少年のような目をして、満面の笑みを浮かべる彼。
こんなにも笑顔が眩しい人物を、紗香は他に知らない。
「んもう、廊下で大声出さないでっていつも言ってるでしょ?」
戒める彼女の口調に刺は無い。
「そんなんゆうたかて、めでたい日ぃにはテンションも上がるやろ」
「めでたいとか関係無いでしょ?祐ちゃんいっつもうるさいじゃない」
「そうか?」
悪びれた様子も無く、祐介は慣れた歩調で部屋を進み、ガラステーブルの中央にバースデーケーキをセットし始めた。
鼻歌が始まる。彼が御機嫌な時のサインである。
再びキッチンに立った紗香は、カレー鍋の火力を弱火に調節しながら言った。
「祐ちゃん、先にカレー食べる?」
「なんでやねん、先にケーキふーして、それからシャンペンで乾杯、チキン、最後にカレーや」
「了解」
紗香はフライドチキンを電子レンジに入れ、スイッチを押す。背後からは再び祐介の鼻歌。
シャンパンのボトルとグラスをテーブルに運ぶと、ろうそくを立てていた祐介が言った。
「ちょっと重要な事確認したいんやけどな」
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