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<3>
急に視界が拓け、見覚えのある車体が目に入る。
…車体?
いびつな形にひしゃげたそれは、かつて、車体であったに過ぎない。
今自分の目の前にあるもの。その物体認識が、なめらかに進行しない。
紗香は足を止め、呼吸を整える。膝が笑っている。破れたストッキングからは、血が滲み出している。
雨は相変わらず、彼女の身体を容赦なく打ち続けていた。
そして、ゆっくりと顔をあげ、眼前に佇む無機質な鉄塊に目をやる。
彼女の双眸は徐々に焦点を合わし、その、巨大で醜悪な無機質の塊の中に、有機質のかけらを感じた。
『…あれは』
運転席からだらりと下がった右腕。
『あれは、父さん?』
その右腕に、父の愛用の腕時計を認めた瞬間、紗香の中で何かが弾けた。
絶叫。
しかし、自らのその叫びが、紗香には聞こえない。
激しい雨音も、なにもかも。
世界から全ての音が消え去ったかのように、彼女の周りは静寂に満ちていた。
全くの無音。
しかし、喉から洩れ続ける断続的な叫び。
やがて彼女は、色彩をも失う。
周りのもの全てが、モノクロに満ちていく。回る赤色灯だけが、『赤』を主張する。
目の前の鉄塊に向かって、一歩前に出る。漸く見つけた、父のかけら。
そのかけらだけは、まだ色彩を保っていた。
しかし、彼女が一歩踏み出す毎に、父の右腕は色を失い、モノクロに染まっていく。
有機質が、無機質になる瞬間。
それを認識した時、紗香の身体を、誰かが遮った。
どくん。
何かの鼓動が、紗香の耳に響き渡る。
その刹那、全ての音と色彩とが、本来のあるべき姿を取り戻した。
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