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その力は、紗香を一歩たりとも前に進ませようとはしなかった。
両親の死という、あまりにも残酷な現実を目の当たりにし、紗香の心は一瞬にして凍りついた。
事故の原因はわからない。
ただ、両親の命が今、理不尽に奪われた。
その事実に、みるみる湧き上がる憎悪。
その矛先は、紗香の動きを遮る人物に向けられた。
激しく降り続ける雨の中、ずぶ濡れになりながら檄昂する彼女を、その人物は抑えつける。
紗香は、その抑制を拒絶し、持てる限りの力で抗った。
相手の顔面を幾度となく拳で打ちつけ、爪を食い込ませた。
それでも、彼女を包み込む力は一向に弱まる事を知らず、彼女の憎悪を抑え続けた。
「大丈夫、大丈夫やから」
激しい雨音と、自分の発する声にならない嗚咽の中で、その声を聞いた。
やがて紗香は力尽き、その場で泣き崩れた。
紗香を抑制し続けた相手の顔は、食い込んだ爪痕から流れる血で真っ赤に染まっていた。それでもなお、彼は囁き続けた。
「大丈夫やから、ほんま大丈夫やから」
その言葉に、何の根拠もない。だがしかし、一瞬にして凍りついた彼女の心に、その言葉は温度を与えていたのかも知れない。
今思い返すと、紗香はそう感じる。それが、西島祐介との出会いであった。
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