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「ありがとう!…開けていい?」
その問い掛けに、頷きで返す祐介。
装飾が施された包み紙を開くと、中から小さな小箱が現われた。
高まる気持ちを抑えながら、紗香はその小箱の蓋を開ける。
…指輪だった。
驚きの表情を浮かべる紗香に向けて、彼が言葉を贈る。
「結婚、せえへんか」
いつの間にか体勢を変え、背筋をぴんと伸ばして正座をしている祐介。
目は、笑っていない。
今までに見た事の無い程に真っ直ぐな眼差しで、祐介は紗香を見つめていた。
張り詰めていた想いの箍がはずれ、紗香の瞳は再び潤いを帯びる。
一筋、また一筋と、頬を伝う祐介への想い。
今度はもう、それを拭いはしなかった。
塞き止める意思を放棄した彼女の瞳は、止めどもなく頬を濡らし、祐介の姿を滲ませていく。
やがて、彼の輪郭までもが周囲に溶け込んだ時、紗香は頷いた。
強く深く、彼女は頷いた。
同時に発した肯定の言葉は声にはならなかったが、彼への想いを詰め込んだ、精一杯の笑顔をそれに添えた。
もっとも、それが彼に
『笑顔』として伝わっていたかどうかは、自信が無い。
彼がガラステーブルを回り込んでくる気配を感じる。
相手の顔が見えぬまま、紗香は彼に抱き締められた。
力強いが、優しさのこもった抱擁─。
二年前。
豪雨に晒された事故現場。
あの時と同じ様に、紗香は彼に抱き締められている。
だが、今はそれを拒絶する事は無い。
彼の全身から伝わってくる温度。その温もりに、彼女は深く感謝した。
あの時凍りついた彼女の心は、彼のこの温もりで救われた。
彼女の頬を流れ続ける泪。今確かに、その温度を感じる。
あの日、凍り付く冷たい豪雨の中で流した、冷たい泪。
それを全て打ち消すかの様に、紗香は熱い泪を流し続けた。
ああ、自分はこんなにも熱い泪を持っていたんだ。
紗香は、そんな当たり前な事を心に思い、祐介の胸に顔をうずめた。
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