輪っか

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輪っか

私の主食、菓子パンを 長い外出の間、戸棚にしまっておいたのですが 何処から入って来たのか 帰った頃には虫に食われておりました。 長期の旅で疲れきっていた私は 直視せずにそのまま口へ運ぼうとしたのですが 菓子パンは両手で私を払いのけ 涙ながらに拒まれました。 あまりの拒絶の仕様に違和感を感じ、 もしやと思いよくよく見れば それは中心を大きく食われており まるでドーナッツの様な‘輪っか’になっていたのです。 中心を失った菓子パンは どうやら虫に心奪われておる様で 私を満たしてくれないばかりか 話を聞こうともしません。 私は酷い空腹とむなしさに 胃が痛くなってきたものですから そんなに私より虫の方が良いのなら、と 輪っかになった菓子パンを油で揚げ、 砂糖をふりかけて 虫に贈って差し上げました。 虫は赤くただれた菓子パンを見ると 顔を真っ青にし、 今にも死にそうな形相で それの名を叫んでおられましたが 私の胸には冷えたものがあるだけで 周りを包むセロハンの袋のように ふたつを外側から眺めているだけでありました。 今は冷えた壁が 四方から私を包んでおり 眩しい月明かりが 小さな窓から私を照らしております。 時折運ばれてくる甘い食事に 臭いをかぎつけてくる蟻を見るたび あの日の二人が 鮮やかに蘇ってくるのです……。  「妻を油で揚げ、浮気相手に贈った」という奇怪事件が、世間を騒がせていた。  容疑者には終身刑がくだされたが、当日の夜、食事のプレートに備え付けされていたフォークを、首に突き刺し自殺した。  また、独房の隅に設置されているベットの下に、虫に食われて原型を留めていない菓子パンが、大事そうにしまわれていたらしい。image=44523869.jpg
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