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跡
彼は今日もそこに居た。
私は彼に対し、興味などはわかず、ただいつも彼の背中を通り過ぎていた。
自宅へと向かう帰路。地と地をつなぐ橋。私はいつもの様に渡り始める。その橋の中間部に彼は今日もいる。私は歩きながら視線を向けてみた。彼はピクリとも動かず、棒の様にただ突っ立っていて、川の底を眺めている。
私は(またか)と思い、視線を進行方向へと戻した。
(その内消えるでしょ…)そう、思っていた、が。次の日も次の日も。彼はそこに居た。
かれこれ1ヶ月はたったであろうか。今日も彼の姿が視野に入ると、私は心底呆れて思わず声をかけていた。
「ねぇ。あんた。いつまでここにいる気?」
「……。」
彼はゆっくりと視線をこちらに向ける。
「……。」
目が合ったかと思うとまた川の底へと視線を戻す。私はそんな彼の態度に深いため息をついた。
「あんたさぁ…。余計なお世話かもしれないけど。そろそろ成仏しないと永遠にここに囚われるわよ。」
「……。」
「ちょっと。聞いてんの。」
聞こえていないのか。聞こえていないフリをしているのか。
私は腰に手を掛け、深くため息をついた。彼に背を向けて帰ろうとした時に、彼の重い口はようやく開く。
「僕、」
「何。」
私は腕を組み、上半身だけ彼の方に向けた。
「僕……。」
「だから何。」
彼のまどろっこしい態度に苛立ちを感じ、自然と左足が地面をトントンと叩きだす。
「僕…この下にいるんだ。」
彼は川の底を眺めながらそう言った。私は地面を叩くのを止めて、身体事彼の方へと向く。
「そんな事あんたを見れば分かる。」
「でも…好きで落ちたんじゃないんだ…。」
「でしょうね。」
「……。」
彼は悲しそうな表情で川の底を眺め続けた。私はふと、彼の足下へと目を向けた。そしてアレがない事に気づく。
「あんた家族は。」
「…いない。」
「嘘ついて楽しい?」
「……。」
生ぬるい風があおった。空を見上げるとドス黒い雲が漂っていて、今にも雨が降り出しそうだ。
「とにかく、さっさと成仏なさいね。」
私は早足に自宅へと向かった。
-次の日。
彼の姿は一層濃くなっていた。
(アホか…。)
私はもう構わないでおこうと思い、彼を無視して早足に橋を渡りきろうとする。その時、背後で二つの話し声が聞こえてきた。
「まぁ、花を供える方が良いのでしょうし。」
「面倒臭いことだ…。」
私は進むのを止め、橋にもたれかかった。おもむろにタバコをくわえ火をつける。
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