零~復讐の種~

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   全身が鉛になった、そんな感覚。自らの重みに耐えきれなくなり、少年はカーペットのように広がる赤へ膝をついた。履き古したジーンズを通し、じわりと生温い感覚が伝わる。  瞳孔が開ききった目は、起こるはずのない、非現実的な事態を映していた。 「母……さん?」  少年の視界で、彼女は見たことのない姿で立っていた。艶やかな絹糸の髪は無惨に乱れ、辺りには吹き荒れる紅葉のごとく乱れた赤が踊っている。  いつも優しさを宿し、早くに父親を亡くした少年のために振るっていた右腕は、ただの虚無へとカタチを変えていた。  そして、何より凄惨で、彼の目を奪ったのは、腹部に深々と飲み込まれた西洋剣。もはや血潮すらも枯れたのか。そこからはもう、ワイン色の海へ注ぐ雫は一つも生まれない。  全てを理解し、悟るまで、どれだけの時間を要しただろう。行き着く結論は一つしかない。母は、死んだ――。  普通なら身体を揺すったりするのだろうが、立ったまま一思いに串刺されている彼女に対しては、それすらも憚られた。 「……思ったより早かったな」  彼の背後から唐突に届いたのは、氷輪のような透き通った冷たさの声。鉛の身体が凍りつく。少しずつ近付いてくる、死の足音。  「お前には悪いが、これが俺の仕事だ。恨んでも構わない」  彼はようやく、凍結した身体から、頭だけを後ろに向けることが出来た。そこに広がっていたのは、視界に入れただけで切り刻まれそうなほど、張り詰めた鋭さを誇った銀色の髪。 「剣は返してもらうぞ。高級品だからな」 「ま……待て!」  ようやく搾り出した、細い制止の声。自分の耳にすら上手く届かなかったその声に、銀髪の男は振り向く。  その時の少年の表情は、復讐に燃える悪鬼のごとき剣幕だった。 「何者だ……お前は、誰だ!」  彼が語気を荒げた刹那、銀の男は姿を消す。直後、少年の背後には、冷気が漂っていた。 「いずれ分かる」  耳元に響いた、低く押し殺された声。その残響が耳から剥がれるまで、彼は動けなかった。  
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